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kuraruk.blog

見聞きして考えた事を綴ってます。趣味です。

交差する時間

DAY REPORT THINK MEMORIES ESSAY

# 先日話をしていた友人の文章に感銘を受けて、
# うんうんと頷いてしまったので、後追いのような形で書いてみる。
# (許可貰い済)

 

先日、友人のブログを読んで、「いや〜そうだよね!そうなんだよね!」と共感してしまった。私はこの文章を書いた彼女が好きだ。

 

私は、この文章を読んで、「交差する時間」っていうものがあるな、と思った。

 

一人一人が持っている時間は違う。
過去・現在・未来。
1日の中での時間の使い方。

私なんかは仕事柄、PCの前にいる時間が極端に長い。
ある友人は、移動に往復3時間もかけて学校や職場へ通っている。
ある友人は、学校や会社から徒歩で通っている。

そんな異なる時間の中で自分と誰かの時間が交差して、共に過ごすのは、ある意味奇跡的な事だ。

そこから、
知り合いになったり、
同僚になったり、
友達になったり、
恋人になったり、
家族になったりするのは、
よくよく考えると本当に奇跡的な話だ。

当たり前の事をふと改めて思い直してみると、とても有り難い事だと思えてくる。

 

例えば。

先に書いた彼女とは、ひょんなきっかけから同僚を介して知り合い、たまたま持っている本に興味を持って話していたら、いつの間にか友人になっていた。趣味嗜好バックボーンは全然違うけれど、会えて良かった人だな、と思う。「交差する時間」は楽しい物なのだ。

先日、5年ほど動向を見守り、ついにゴールインした夫婦がいる。
私と新郎と新婦は、8年前に同じ場所で出会っているのだが、私と新郎は2年ほど、ちょっとした主従関係*1であったし、私と新婦は4年間、大学のクラスメイトとして過ごした。それぞれの「交差する時間」は楽しい事もあれば、大変だった事もある。新郎にいたっては、酒を飲まされて夜な夜な泣かされた記憶もある。新婦にいたっては、新婦を含めた女3人で朝までマクドナルドで制作のミーティングや作業をしていた事もある。
私と彼らが「交差する時間」はそれぞれ内容が異なっているのだけれど、それでも2人との「交差する時間」があって良かったと思う。先日行われた結婚パーティーは、幸せのお裾分けと呼ぶに相応しい場所だったからだ。改めて、招待してくれてありがとう。時間を共有してくれてありがとう。

私の例えばの話でした。

 

 

そういった2つのきっかけもあり、そうでなくても何かしらのタイミングで、定期的にこのような事を思い直してる自分がいる。
それは、この4,5年、決断だらけで生きてきたからのように思う。

就職先、転職活動、人間関係。
さぁ、どうしていこうかなぁ、って。
どういう風に時間を使っていこうかな、って。

いやぁ。人生なんてものは、決断だらけなんだけども、「あぁ、自分で選んでいってるんだな、ちゃんと。」という自覚が出てきただけの話。

 

あの時、あの決断をしなければ関われなかった人達がいる。
あのイベントに足を運ばなければ、会う事が出来なかった人達がいる。
あの場所にいなければ、話す事が出来なかった人達がいる。

たぶん、これは今後も繰り返される。ずっと。
だからこそ「交差する時間」は絶対生まれてくる。
どんなに強い人でも、人は一人では生きていけないのだから。

 

「交差する時間」の中でどういう自分を共有する相手に見せるのかは、その人次第なんでしょう。

作り物なのか、素なのかは分からない。それでも一緒の時間を共有するのなら、何かしら良い物に出来るようにしていく努力は、大切な事のように思う。

少なくとも私は「交差する時間」がなるべく楽しくなる方が良い。時間の量が多かれ少なかれ。
時には険悪な状況になってしまう事もある。それを撥ね退けるのではなく、歩み寄る事も必要だし、改善していく事も必要だ。全てに対して良い顔をしろ、というわけではないが、せっかく共有するのなら、そうしたいわけだ。楽しくあり続けたいのであれば、私は今後もその努力が必要だ。

 

努力と捉えずに、素の状態でするのが一番良い事なんだけれども、そんな事はなかなか出来ないわけだし、そういう状態は見せれる相手に見せるのが一番良いなとも思う。
私自身は基本的に裏表がない人間だけれど、感情の起伏は割と人知れず波があるという自覚はあるので、感情の起伏に付き合ってくれる家族、友人達、同僚の存在は有り難いと思いつつ、上手くコントロールしないと〜を繰り返しているので、そろそろ本腰入れて向き合っていこうというところだ。

 

次に「交差する時間」を共有するのは、

休憩終わりに声をかけるディレクターかもしれない
LINE越しで次の休み空いてない?と連絡をとってくる知人かもしれない
messengerで再来月よろしく頼むよ〜と言ってくる友人かもしれない
久々に電話をかけてくる親や弟かもしれない 

面と向かった会話でなくてもいろんな交わり方がある。
時間の共有の仕方が年々多様化されてる。今後もきっとそうだろう。
どういう自分でのぞむのか。それも私次第のはずだ。

*1:先生とTA | FLASHを教えるお手伝いをしてました。もうActionなScriptは、かけません。