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kuraruk.blog

見聞きして考えた事を綴ってます。趣味です。

「わたしたちの文字づくり」のお話を聞いてきた

# すぐに綴って残しておかないと記憶が劣化してしまいそうなのでまとめておく

 

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京都文字塾展 - なかよきことはおもしろきかな -のトークイベント「わたしたちの文字づくり」に参加してきました。

「トークの内容は、SNSなどには上げないでください。」と言われたので、ここでは参加してみて思った自分事を綴りますので、悪しからず。
 
 
〜〜〜
 

はじめに。

当日は急に大雨が降り、びしょ濡れでギリギリで到着。
荷物になると思ってPCは持って行かない。
鞄から手帳とボールペンを取り出して、思いっきりメモをとる事にした。
文字のイベントなので、手記が一番。タイピングは似合わない。
そして私は何かとイベント事があれば、メモをとるのが異常に好きな人間なのだ。メモメモ_φ(・ o ・
 
 
私がこの展示とトークイベントを知ったのは、とある大学教授から「ポンっ」とFB messengerが飛んできたから。
 
「どうせ行くやろ?」
「言われなくても、イベントは、すぐに申し込みますよね〜。」
 
仕組まれたようなメッセージをやりとりする。
 
というわけで、非常に楽しみにしていたイベントだったのだ。
 
 
 

本当の「学びたい」「やりたい」があれば、何でも出来る。

「京都文字塾」という事なので、塾生の皆さんは京都の方かな、と思っていたのだが、大阪・奈良・和歌山・遠くからだと徳島、西日本からバラバラと人が集まっていた。純粋な京都人は2人だけ。
 
和歌山から参加していた書家のお姉さんは、和歌山から奈良まで車を走らせて、奈良から京都へは電車を使って塾まで通う。
行き帰りを考えただけで体力を使うスケジュール。しかも文字をつくるのは、精魂を使う作業だ。文字一つ書くにしても物凄い集中力を使う。帰りなんか眠すぎてどうしようもないだろう。
 
それでも塾生の皆さんは、「学びたい」「やりたい」という意志でここに参加されているのだ。
自分が作成した書体について話される塾生の皆さんは、とても生き生きしていて、話を聞くこちらがニコニコしてしまう。
 
 
また驚いた事といえば、話を聞きに来ている参加者が全国各地から来ている事だろうか。
 
「あぁ、またお会いしましたね。」
「じゃあまた。今度は世田谷で一杯飲みましょう!」
「((( ちょっと待って。ここは三条河原町…! )))」
 
「今日どうやって帰るの?新幹線??」
「いや、実は夜行バスなんだよね〜。」
「((( こっちも東京組…! )))」
 
そんな会話を聞いて、内心で動揺している自分がいる。
文字という狭い業界とは言えど、関東から来ている人が多かったのだ。
大阪の人も多いようだけれど、純粋な京都の人って、実際はどれくらいいたんだろうか。
とは言え、鳥取出身の私がどうこういう話でもない。
 
イベント当日は、祝日。多くの人が休みをとっている。国が休んでも良いよ、と言っている日。私はこの日、午前出勤にしていたので、午前中に仕事を終えて、自転車で現地にやってきた。
そんな日に休まずに、貪欲に知識を得るために、あらゆる手段を使い、このトークショーを聞きに50人が集まっている。よくよく考えると少し異空間であった。
 
意識高い系」どうのこうのではなくて、純粋に本当の「学びたい」「やりたい」があれば何でも出来るな、人は。
そう何歳だろうが、誰だって、いつだって学ぶ事は出来るのだ。
 
 

憧れの人と話す、関わるという事。

今回、トークショーに参加されていた鳥海さんと雪さんとお話しさせていただいた。
 
鳥海さんは、私が通っていた大学で今も客員教授として学生に教えている。
私は、彼が教えるコースとは違うコースに所属していた。学科は同じであるのだけれど。
そう。大学4年間で話そうと思えば話せた環境にはいた。
けれども、18-22歳の私にとって、彼は憧れの対象過ぎる。
何を話せば良いか分からない状態だった。
 
スタッフルームで時折お見かけはするけれど、心臓がバクバクする。
大学時代は怖いもの知らずだったはずなのに、憧れの人とは話せない物なのだ。
授業は潜り込もうと思えば潜り込めた。
けれども、自分のコースの課題量や文字に対する意欲が反比例して、授業を受ける事は出来なかった。
 
 
そんな話をきっかけに鳥海さんと話をしたのだけれど、
 
「なんだ、片想いが叶ったみたいじゃん。」
 
と言われる。
サラリと粋な事を言う方でしたw
 
 
確かにそう。あの時、感じていた心臓のバクバクは自然と無い。(失礼しました)
目の前にいるのは憧れの人で、まだ自分は何者でも無いのだけれど、「それでも興味があるのでお話ししてみたいんです!」と話してみると、その人も等身大の自分で応対をしてくれる。
 
社会人になり昨今の情報社会で過ごす内に、会社の所属や経歴やら、FB情報やらで人を色眼鏡で見るようになってしまったと思う。
話してみたいけれど立場的に無理だ、という事も多いだろう。
年を重ねる毎に「どうやって話をすれば良いか分からない」「結局はビジネスライクな話しか出来ない」という事もあるかもしれない。
 
それでも「興味があるから、その人と話がしたい。」という衝動はやっぱり大切で、行動してみなくちゃ何も変わらないんだよな、と改めて思ったのだ。
大学時代の感覚に戻ってしまうと、ただの元気な奴のままなんだけど、過去の自分を見直して、今と未来の自分がどうしていくかは改めて考えて行動しなくちゃいけない。
 
 
憧れの人と話した時、自分の中で何かが変わったような気がした。少し成長したような、そんな。
26歳の私は、18-22歳の時に出来なかった事が出来るようになった。
些細な事のように思えるが、出来なかった事が出来るようになったのだ。凄い成長である。
 
今後も尊敬出来る人・憧れの人は、常にいるようにして、自分の心の琴線を若く保っておきたいなと思う。
常にワクワクドキドキするのは大変だけれど、たまにあるのは良い事ですし。
 
ちなみに雪さんには、自宅から持ってきた「もじ部」の本にサインをしていただきました。
雪さんは物腰が柔らかくて素敵な女性でした...あーいう感じになりたい。
そして、ちゃっかり鳥海さんにもサインを。
お2人とも快くサインしていただきありがとうございました!
鳥海本は鳥海さんから買いたかった...!
もじ部 書体デザイナーに聞く デザインの背景・フォント選びと使い方のコツ

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文字を作る仕事

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さて、文字とどう向き合おうか。

大学でタイポグラフィを専門分野としてやっていたわけではないし、私はデザイナーではない。今の肩書きは、WEBのマークアップエンジニアだ。
けれども、今も勝手に文字を見て、構造や筆運びを考えてしまうのは、父の背中を見て育ってしまったからだ。
 
彼は、「別に俺に捉われてやる必要はない。」と言って、子ども達である我々には「書」を教える事無く、実家から送り出してくれたわけだけど、彼のイズムは少なからず私には根付いていて、切っては切り離せない厄介な視点だな、と思う。
 
自分の中で「こうしたい!」という強い欲求は正直なところ、まだ湧いてない。
けれども、根底には、もう少し向き合って強みとして生かしていきたいな、とも思っている。
勝手に趣味程度かもしれないが、また本をパラパラと捲り、勉強するなり研究するなりしたいなぁ、とも思う。
 
 
「まぁ文字には触れてた方が良いよね。いずれやるんだからさ!笑」と教授に言われる。
先生は先生で、亡くなったお父さんがされていた華道を大学の部活でされている。私もそうなるんだろうか。それは分からないけれど、自分のルーツには、どこかで回帰するのかもしれない。
 
けれどもまずは、目の前の事に一つ一つ着実に向き合って、ゆっくりでも良いのでそちらも念頭に置くのが良いのかもしれませんね。
まだまだ人生長い事ですし。