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見聞きして考えた事を綴ってます。趣味です。

それでも生きる / 「この世界の片隅に」を観た

はじめに

見て感じた事や気付き、個人的な感想を連ねているので、ネタバレを含みます。
相変わらず長文です。ふふふ。

今年は映画館に足を運ぶ度に「劇場で観て良かったなぁ」と思う映画を数多く観れた年でしたが、話題の新作の中では今年一だったように思います。

原作未読で先に映画を見ましたが、
原作を読んで、また劇場に足を運んで、この世界に会いたい。

そんな作品です。

一人でも多く、劇場に足を運んで、この作品に触れて欲しい。

 

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そこに"すずさん"がいた

二次元作品、劇場アニメ、そんな枠組みを取っ払って、"すずさん"がそこにいた。

表情豊かで愛らしい普通の人々が送る日常を私達は見ていた。
ただそれだけの時間だった。

絶妙なキャスティングというか、能年玲奈さん、もとい「のん」さんは、"すずさん"だった。彼女の存在があの世界により引き込んだ。そう思う。

「いつもぼーっとしてるけぇ」と冒頭で彼女は言う。
そんな事は言いなさんな。あんたは、そこにおりんさるよ。

 

「それでも生きる」

私がこの映画を一言で表現するなら、これだ。

この映画のベースには、「戦争」という時代背景がある。
起こってしまった歴史を私達は知っている。この作品に触れる前から教科書や何かで、起こりうる可能性や起こってしまった事実を。

そんな出来事は、当たり前の様に劇中でも描かれる。
辛い。分かっているからこそ辛い。
もう起こってしまって戻れない。分かってる。
だからこそ、受け入れて、それでも生きる。

「戦争」という世の中で私達は生きてはいないけれど、誰しもそういう状況はあると思う。戻れない辛い状況を体験したことのないハッピーな人間がいるとしたら手放しで褒めたい。

「それでも生きる」という強さや希望をこの映画から貰った。
命ある限り続いていく。私達はまだまだ生きていけるのだ。

 

「かく」という愛おしさ

"すずさん"という人は「描く」事が好きな人だ。
それは劇中を通して随所に散りばめられた要素。
絵画的な表現も数多く見られ、もちろん随所で「描い」ている。

「描く」に限定するのではなく、作中では「かく」という行為にフォーカスが当たっている。

かく は「書く」「描く」「欠く」「掻く」と引っ掻く、壊し傷つける、区切ることをである。

「書く―言葉・文字・書」 - 石川九楊

私は劇中にその要素がすべて詰まっていたように思う。

右手を失った”すずさん”から「かく」という行為がなくなったわけではない。
彼女はそれでも「かい」ていた。いろんな思いを含めながら。

どんな思いがあるにせよ、私は、自分が好きな「かく」という行為に、嘘をついてはいけないと思った。

好きなら「かけ」ば良い。それが自分を伝えるための一つでもある。
自然と出来ている物事がその人らしさなのだ、と画面からひしひしと伝わる。

家について真っ先にナイフを取り出して鉛筆を削る。
久しくやっていなかった行為がこんなに愛おしいものだったか。
普通に「かく」事が出来る手を鈍らせてはいけない。

 

テンポと情報量と

見る前に糸井さんのこのツイートを見て、「自分はどうなるのかなぁ」、なんて軽々しく思っていた。
正直なところ、まさにこの状態。劇中で泣いてはいけない。「間」。

作品は約2時間。120分。
そんなに時が経った様に思えなかった。
この物語から一秒たりとも目が離せなかった。釘付けだった。

「かく」にフォーカスを当てているためか、絵画的な表現が散りばめられた遊び心のある画面。
コトリンゴさんが担当した伸びやかで澄み渡るような音楽。
表情豊かで愛らしいキャラクター達。

リズミカルに物事が運ばれる。流れるように。
映像なのに、自分で本を捲っていくような感覚だ。
どんどん、どんどん、ページが進む。もっと読んでくれと言っているように。
押しつけがましくない、と個人的には感じた。なんだかあっさりしているような。そんな。

そんな時間を過ごして、やっとエンドロールで涙を流す。
泣いてしまって、感情の海に飲み込まれると、この世界を味わえないような気がしたから。
エンドロールが流れた瞬間、「よ〜し、もう泣いていいよーっ。」と脳内の自分がGoサインを出したかのような。そんな。

劇場がブラックアウトした時、作品への没入モードが終わる。
「現実」に引き戻される。
脳に溜め込まれた情報量の多さを目の当たりにした。何をどう、咀嚼するのか。

 

終わった後の余韻

エンドロールが終わって、立つ事が出来なかった。
整理が出来なくて放心状態。深く息を吸い込む。吐く。深呼吸は大事。

腰が重いのかな?足に力が入らないのかな?
そんな事も分からなくなるような感覚。
私は完全に、作品に"持って行かれていた"のだ。
「現在」という時間に自分を戻すのに必死だった。

一緒に時を過ごした友人達と私は、四者四様の行動をとる。
泣きながら歩みを進めたり、
飲み物を一気に飲み干したり、、
立ち尽くしながらスクリーンを呆然と見たり、、、
私は一呼吸おいて、ようやく立つ事が出来た。

言葉にしようと思うけど、自分の中でどの部分を切り取って言葉を発すれば良いのやら。すぐに言語化出来るほど優れた頭ではない。


呆然と歩みを進めながら、誰かが言う。

「いや〜今日は誘ってくれてありがとう。
 一人だと桂川超えて見に行くことなんか出来なかったよ。
 ところでパンフレットってまだ売ってるかな?」

レジは閉まっていたがスタッフさんが快諾してくれて、私達は全員パンフレットを購入して帰った。
帰りのタクシーで真新しい真っ白なパンフレットを各々が愛おしそうに抱いていた。

 

本当に語るべき相手

私は、この作品を観て、亡くなった祖父母の事を思い出した。

小学生の頃に聞いた戦争の話は、記憶でしか思い出す事が出来ない。
小4の頃の道徳なのか、小6の頃に修学旅行で広島を訪れる前学習としてなのか、は忘れたけれど、「宿題」という名目で祖父母に戦争話をヒアリングした事がある。

祖父母は、出会う前でお互いの存在を知らない10代だった。
女学生時代を送っていた祖母からは、鳥取大火の話を聞いた。
鍛治屋の末っ子であった祖父は、東京で武器を作っていた。何を作っていたかは、もう覚えていない。台詞が虫食いにあっているみたい。戦地に行かずに武器を作っていた話だけが妙に残っている。劇中だと北條パパにあたるのかも。
戦争が終わり、兄弟が亡くなったり散り散りになった一族の家長に、若き祖父はなってしまった。最後の鍛治屋として。それはまた別のお話である。

生きていたら、祖父は90歳だった。"すずさん"と同世代だったろう。
そう思うと、戦争を知る人間は確実に少なくなっている。
あの時代に容易にタイムスリップさせる語り部は少なくなり、こうした映画をきっかけにタイムスリップするしかない。

私は次に帰省したら、この映画を肴に、祖父母の事を家族で語り合うんだと思う。
地元の鳥取県では、まだ上映されていないけれど、機会を作って見て欲しいと。
私は、この作品を観た自分の家族がなんて思うのかが知りたい。離れて暮らす家族がどう思うか。
親元を離れて10年近く経とうとしている今だからこそ、話せる話がたくさんあるはずだから。

 

『「この世界の片隅に」という作品は、浦野すずという少女が自分を取り戻していく物語です。』とパンフレットで片淵監督は語る。

自分を取り戻していくのは、"すずさん"だけでなく、この作品に触れた私自身もなんだなぁ、と思う。
奥底に閉まっていた箱の錠前に鍵を入れたような、そんな気がした。

 

おわりに

見終わった後の言動を振り返ると面白かったので晒しとく

劇場を後にした直後

相変わらず知性が無い

後にも記載しますが、劇中で話されていた広島弁・呉弁は、とても鳥取弁に似ていました。生きているおばあちゃんと喋りたい。

今回女子4人で行ったわけですが、こんなの今まで無かったぞぃ。
各々で原作を読んでから2回目に行く事に。

京都のイオンモール桂川でのレイトショー帰りだったのですが、誰もいない立体駐車場やショッピングモールは、ゲームのワンシーンのようでゾンビが出てきてもおかしく無い怖さしかない。

家に帰って真面目に書いた

今回ブログに書いた事で少しは言語化できたように思う。

唯一鳥取県だけ見れなかったようだけど、年明けから上映開始するとの事。
10年前の自分だったら、理由つけて兵庫か岡山に行って観てそう。

先にもかいたけど「かく」が愛おしい。
帰って真っ先に鉛筆を削ってスケッチブックを開きました。
鉛筆が紙に触れるのがこんなに素敵な事だっただろうか。

この文章は見終わった後だからこそ響く。2回目はどう感じるんだろう。
またこの作品に会えるのが、"すずさん"に会えるのが楽しみ。