kuraruk.blog

見聞きして考えた事を綴ってます。趣味です。

気張らなくて良い。温かくあれ。

1月が終わる。

新年会の帰りに小雨が降る。傘をさすほどでもない。手袋をはめたり、ポケットに手を入れて、思い思いに歩く。家の方角が一緒。二駅分歩くなんて、この街では大した事ではない。

地面に落ちる雨粒がどんどん、どんどん、街の温度を下げる。どんなに歩いても、温かくはならない。口から出る言葉、それは「寒い」という単語。歩数と共に増えていく。その場にいる全員が共感する言葉。どうしようもない状況を分かち合うための言葉。人は承認欲求でひっくり返ってるんだ。

 

道中の会話は、私を褒めるような内容だった。

私は、自慢じゃないけど、褒められ慣れていない。弄られるのは多少慣れてる。褒められてしまうと「何をおっしゃる、うさぎさん。」といったパタリロなのか、うさぎとかめなのか、よく分からない状態の精神で身構えてしまう。疑心暗鬼。それは心のどこかで、何も出来ないという自覚を持った自分がいる事を知っているから。褒められると逆に恐縮してバランスが崩れそうな、そんな。ただ近年は、素直に喜べるようになった気がする。その表情を上手く表に出すのは、まだなかなか出来ないんだけど、まぁ、周りが楽しくあればいいような。そんな心持ちでもある。

 

西に向かう度に人が減る。最後はいつもの道でいつものような会話。

「変に肩の力入らない方が良いよ。気張らなくて良いしね。」

日中、自然体でいる事は、難しい事だ。仕事なので気を張る事もある。でも、数々の経験で、自然体でいる事が良い結果が生まれる事を知っている。変に気張ると上手くいかない事を知っている。

最近は気張らなくて良いから、温かくいようと思ってる。かつて、そうして接してくれて助けてくれた人達がいるように、自身もそうでありたいと思う。温温した状態は、心地良い。ある意味、ぬるま湯に入っている感じになるかもしれない。それでも、ポカポカしていた方が、元気が出る事もあるのだ。

 

身体が冷えていると思っていたら、いつの間にか常時的な火の塊が身体に宿っていた。

ただ私は、この火の塊との付き合い方や鎮火の仕方を知っていて。短期間で治るとは思っていないけれど、減らす事を減らして、無理やりでも余裕を作れるように火消しをするしかないのだ。

数年ぶりの事なので、応急処置のテーピングも下手になっていた。やらないと、人間は鈍りっぱなしだ。バランスは崩れているのは自覚しているんだけど、これはやるしかないフェーズだというのも分かってる。だからこそ、無理やりにでも自分をケアする時間を作って守らなければならない。それが自分にとっても周りにとっても最良の策だと信じよう。なってしまった物事は仕方ないのだから、全力でケアするのだ。これ以上壊して、腐海なり破片なりを散りばめてしまってどうするよ。温かくいよう。

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SNOCKが欲しい。ネックウォーマーは好き。でも、これを身につけると全力で寝てしまいそうな、そうじゃないような。一先ずは全力で睡眠をとりたい。無理やり10時間ぐらい寝ていたい。

1月はわたわたしてたけど、実は2月はそれを上回りそうな。なんで、こんなに毎年毎年アップデートしてるんだろ。ただ1月はほぼほぼ自分の時間だったんだけど、2月は対外を意識した行動になるんだろうな。

それでも今日は、温かくして全力で、おやすみ。1月。